紀南抄8月19日付

2018-8-18

 先日、友人に遊戯施設へ呼び出された。店内を歩き、彼を探しあてたとき、ポケットの軽さに気づく。財布がない。
 店内を探す。届け出もない。防犯カメラでの確認を頼んだ。大金は入っていないが、カード等が心配だった。現在、同施設のような店舗には高性能カメラが設置されているため、期待はあった。入店から紛失まで10分ほどの出来事だ。
 結果、見つかった。発見したのは最新鋭の科学ではなく、お客だった。探し回っている私たちの姿が目に入り、探し物に協力してくれたのだ。注意不足な自身が嫌になる。
 「もう失敗しない」と誓いを立てるも…数日後、友人との大事な打ち合わせで、またもやらかす。次は貴重品で、利用した店の方が拾ってくれたという。感謝と同時に情けなさが私を包む。
 機械の利便性、重要性は承知の上である。しかし、多様な場面で確認や検品等は「人」が担当している。精密部品やシステムを超える「その先」は「人」であると私は思う。…と言いつつも、「遺失物報知機があれば…」と幼稚な考えを巡らせている自分が恥ずかしい。 

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