紀南抄7月8日付

2018-7-7

 5月、容態を悪くした叔父を見舞うことになった。事情を知る祖母によると長くはないという。結果、祖母と叔父の妹である母、私も叔父の死に目には会えなかった。
 「人は生まれるときも死ぬときも一人だ」と耳にするが、見方を変えれば決して一人ではない。出産時点では必ず母がおり、医師も看護師もいる。しかし、死ぬときはどうだろうか。
 近年、多くの理由から孤独死の増加が問題に挙がっている。死に際に人との関わりが無い場合がゼロではないという現状。その孤独や不安は想像を絶する。
 先日、写真家でジャーナリストの國森康弘さんが命の在り方や看取りについて講演。対象者の死までの時間や家族らとのふれあいなど「看取り」のようすが写真で表現されていた。國森さんは、戦争は人災で『冷たい死』であると主張。「自分の授かった命を生き、看取られて亡くなるあたたかい死があってほしい」と語った。取材中だったが、涙が止まらなかった。
 叔父は…多くの家族や知人が常に病室を訪れ、いつもにぎやかだったという。それを聞いて胸のつっかえが取れた。

【前】

社説

  1. editorial-5-300x220

新聞広告ガイド

名刺印刷承り中

ページ上部へ戻る