紀南抄7月4日付

2018-7-3

 新宮市消防署の水難救助訓練を取材した。鍛え抜かれた隊員による救助の様子は見る者を圧倒し、決して素人に救助などはできないという現実を見せつける。過酷な訓練を受けた隊員ですら、実際の救助の現場では命を落とすことがあるという。
 訓練を受けない者が「救う」などと安易に言葉にすることは傲慢以外のなにものでもない。救うとはサルベージ(引き上げ作業)にも例えられるように、相当の力量が必要となる。われわれ素人に救うことは無理であろう。
 対して「支える」ということはどうだろう。悲嘆にくれる人を支えることに訓練は必要ない。心ひとつで誰にでもできる。
 「他人ごと」を「自分ごとに」する人々がこの地には多い。「119」では救われない、日常の生活で「SOS」を発信している声なき声。どうか頼ってほしい。あなたの生活圏でゆるやかに見守りをし、ため息すらも聞こうとする人がいる。「布団ちゃんと干してるかな」、「最近顔を見ないな、どうしてるんやろか」。救うことはできないが、「助けて」と言い合える社会に。

【茂】

社説

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