紀南抄4月9日付

2016-4-8

 生きているといいこともある。そう感じさせてくれる邂逅(かいこう)がまれにある。最近では、取材で間近に見させていただいた青岸渡寺の仏像に、言い知れぬ感動を与えられた。
 西国三十三所草創1300年を記念した事業の一環で現在特別に公開されている4体のうち、白鳳期のものとされる観世音菩薩像に特にひきつけられた。右眉が少し上がった左右非対称の柔和な顔。百済の様式を伝える長い手と右にくねった腰が、やや大きめの頭との釣り合いを生んでいる。同じ白鳳末期に制作された薬師寺の日光菩薩を美的な極点だとすれば、この仏像はその「原型」となったものの姿を雄弁に物語っているように思う。素朴さが尊さにまで高められた貴重な実例だろう。
 白鳳期は飛鳥時代の末から奈良時代初期の一時代で、「日本国家」建設の礎を作った時代にあたる。そこにあった信仰への情熱、外来文化としての仏教への敬虔な志向性は空前絶後であった。恐らく、あのような像をもう人間は作ることができない。しかし、かつてわれわれがああした素朴な表情を持てたという事実に、どこか救われる気がするのだ。高木副住職が「この地は観音信仰の原点なんです」と話していたが、あの像の立ち姿が、慎ましくも雄弁にそれを語り伝えてくれる。

【K】

社説

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