紀南抄10月19日付

2016-10-18

 少子高齢化や核家族化が進む現在、祖父母に触れる機会が少ない子どもたちも多く、昔に比べ近所・地域間での交流も希薄になっていると言っても過言ではないだろう。そのためか「叱られる」子どもも少なくなり、「叱る」大人も少なくなったように思う。以前のドラマなどでは、いたずらをした人物が近所の高齢者などに叱られる場面をよく見掛けたが、最近の作品にはあまり登場しない気もする。
 私も幼少時に自転車の2人乗りや壁への落書きなどで近所の方々に叱られた記憶がある。今はそれらがなくなってきた事実を寂しく感じる。
 賛否両論はあるだろうが、叱られることは人生を歩む上で必要な経験であり、重要な体験であると私は思う。「怒る」のではなく「叱る」ことで小さい子どもはやってはいけないことを学び、自身の間違いを修正する材料とするはず。はじめはわからなくとも、後になれば意味を理解するだろう。
 叱る人の減少は社会での目に見えないストッパー的な役割の機能低下につながる気がしてならない。極論だが、善悪の判断が曖昧となったとき、歯止めが効かなくなった感情が凶悪な事件に発展することも決して珍しいことではない。身近な解決策として、私はあいさつから心掛けていきたい。

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