紀南抄10月18日付

2016-10-17

 左官の金太郎が3両拾い、落とし主の大工の吉五郎に届けるが、いったん落とした以上自分のものではないと受け取らない。そこで名奉行・大岡越前守は1両足して、2両ずつ2人に渡し問題を解決する。大岡の名裁きとして世に知られた「三方一両損」の逸話だ。
 那智勝浦町の新クリーンセンター建設調査特別委の曽根委員長は、先日の委員会において「複数の自治体の共同事業では、各々の損得勘定や好き嫌いを全面に出すことは控え、メリットとデメリットを平等に受け入れることが必要」とし「三方一両損のような考えで折り合いをつけるべき」とコメントした。
 お説ごもっとも、である。しかし今回の事業に事を限定すれば、説得力のない考えだ。そもそもこの逸話は「義理」という「美学」が生む社会的包摂についての教訓である。同議会が1市2町での事業化を要求する決議を出した際、寺本町長は「(太地町との)信義を失してしまう」と嘆いたが、この言葉が何を含意していたか。
 いわば「信義なき戦い」を始めた議会に求められているのは、「損得勘定」や「好き嫌い」を現実に調停し、「メリット」を最大化するための「政治」である。新宮市に大岡の役割を期待するような日和見主義では、落とした3両は返ってこない。

【K】

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