「必ずあると伝える努力を」
大水害の教訓、防災語り合う

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 宇久井ビジターセンター、和歌山大学災害科学教育研究センター、環境省熊野自然保護管事務所の共催。新宮市、那智勝浦町、白浜町、奈良県橿原市からの参加があった。参加者らは3卓に分かれ、お茶やお菓子を楽しみながら意見交換した。
 後客員教授は、紀伊半島大水害をはじめ各地の水害での報道インタビューで「『みるみる水位が上昇した』との発言が多い。なぜだろうか」と問題を提起した。紀伊半島大水害に関して、「破滅的、破壊的な被害が生じたのは(4日の)午前2時から。午前4時には雨はあがっている。急転は2時から4時の間」と分析。さらに現地での証言から、「突き詰めれば2時15分ごろから、ピークは2時30分ごろ」と明かし、短時間での急激な水位上昇の原因は何か考えるよう、参加者に促した。参加者らは協議し、卓ごとで推論を発表した。
 後客員教授は、短時間での急激な水位上昇の発生要因として、「台所のシンクも詰まって、出ていくより入っていく水が大きくなると急激に水位が上がる」と説明。午前2時ごろに那智川の水位が堤防下1メートル程度だったとの証言を紹介し、「橋に泥や石、ごみ、流木がひっかかり、出ていく水が減り、急激にあがったのでは」と結論付けた。「本宮町の奥番地区住民は水位が下がったから避難した。水位が急激に下がるのはものすごい赤信号。15分、30分で状況は変わる」と強調した。
 紀伊半島大水害時と同じ場所で、高田で50年前、本宮町奥番で56年前、木ノ川で57年前、本宮町奥番で64年前、色川小阪で74年前に山腹崩落が起こっていることを説明。「災害が起こっているところは昔から起こっている。起こる理由がある」と語った。那智山でも、旧石器時代、縄文時代、1788年の天明の大荒れ(川関・井関・市野々で26人死亡、那智の滝の滝つぼが約30メートル埋まる)、1889年の十津川大水害で、土石流発生の痕跡があることを伝えた。「歴史を見れば何度も来ている。次も必ずあるよと伝えていく努力を」とまとめた。

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