均衡ある発展に もっと汗を

 旧新宮市と熊野川町の合併後、新市では均衡ある発展を目指すとしていたはずだが、熊野川町の市民をがっかりさせていないだろうか。市長の責任は大きいが、議会も不均衡な予算編成にチェック機能が働かず、何より市民の代弁者として当局に物申せていないことが残念だ。
 市議選を控え、熊野川町で市民の声を聞いた。70代の男性は「熊野川町のことも考えてくれているだろうけれども…(旧新宮市に)偏っていないか。新宮市民として平等に見て、合併してよかったと言えるまちづくりをしてほしい」。40代の女性の意見はさらに厳しい。「『合併してからいいことなんて一つもない』とみんなが言っている。僻地に住む住民にとって循環バス、スクールバスを拡充し、買い物難民が出ないようにしてほしい。また、市は『誰もが住み慣れた地域で安心して生活できるまちづくり』と言っているが、全く安心できない。子育て世代には住みにくい。まるで、僻地には住むなと突きつけられているような政策ばかり」と憤った。
 また、議員に対しても「熊野川町のことを真剣に考えてくれる議員が、ほぼいない。選挙の時しか顔を見ない。選挙が終わってからこそ来るのが本当では。市議全員が、自分の夢を叶えるためではなく、市民の夢を叶えるような活動をしてほしい」と強く要望した。
 少数意見と片付けるのは簡単だが、こうした声にも応えようとする真摯な姿勢こそが今の新宮市に必要ではないか。熊野川町だけでなく高田地区にも当てはまるが、小さな集落では60代で若手、50代なら超がつく若手として自治会のリーダー役で奔走することが多い。そのような人たちに手を差し伸べる方法はいくらでもあるはずだ。
 議員の活動成果を見る指標として、本会議での一般質問や質疑の回数を挙げる声があるが、回数の多さだけで評価できるものなのか。それよりも中身が重要で、さらに普段からどれだけの市民と接しているか。小さなことからコツコツと活動し、持論を展開するだけでなく、さまざまな施策について、時流や成功事例に基づき当局に意見・提案できる議員こそが市民の求める理想の議員ではないだろうか。
(平成31年4月13日付 紀南新聞掲載)
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