「新宮の歴史上 重要な遺構」
武家屋敷の石垣や生活道路
丹鶴小跡地 第二次調査で発見
4日に現地説明会

 新宮市教育委員会は4日(土)午前10時から、丹鶴小学校跡地(新宮市下本町)で新宮城下町遺跡の第二次発掘調査現地説明会を行う。開催に先がけ、報道関係者を対象とした説明会を7月31日に同所で行った。今回の調査で発掘された江戸時代初期の武家屋敷の石垣や生活道路などについての詳細が明かされた。

1・発掘された石垣 遺跡は市が和歌山県文化財センターに委託し、調査を実施。第一次調査が平成28年度に開始された。第二次調査は今年3月から来年3月まで実施予定。前回より西側で、文化複合施設本体が建設される場所となる位置。調査対象は約3500平方メートル。一次調査の時点で発掘されていた江戸時代初期(約400年前)の石垣は新宮城築城当時と同じものとされているが、今回その延長部分が発見された。約32メートル(延長部分含む)にも及ぶ。
 城から近い武家屋敷で、およそ1000平方メートルの敷地面積を有することから水野家の重臣の屋敷とされる。石は熊野川で豊富にとれる火崗斑岩(かこうはんがん)で城の石垣にも用いられ、表面の石の角や面をたたき、平たくし接合面に隙間を減らして積み上げる「打ち込み接ぎ(うちこみはぎ)」という手法で積まれている。
 このほか、江戸時代の絵図に示される「竹矢町通」と呼ばれる幅3メートルの生活道路と側溝も発見された。道路と側溝は旧丹鶴小学校の建設に伴い、数か所は破損しているものの現在、3か所あわせて長さ15メートルほどになる。道路は修繕を重ねながら昭和21年の南海地震発生時まで使用されたという。さらに、近代の井戸跡や商家の地下倉庫、便槽として転用されていた戦国時代の備前焼の水がめなども出土している。
 市文化振興課主任の小林高太さんは二次調査について、「生活道路と武家屋敷境の石垣、その状態と規模、築城にともない作られた城下町の詳細がわかってきた」と述べ、「新宮の歴史上、重要な遺構となる。記録保存で破壊するのでなく、教育委員会としては正確な測量をかけた後に文化複合施設の外構としての移築も視野に入れ、検討中」と話している。第1層である江戸時代終了後、第2層の中世、第3層の縄文時代について調査を進めていく。
 一般向けの発掘調査現地説明会は4日(土)午前10時から、旧丹鶴小学校敷地で実施する。見学では調査の際に出土した弥生時代や中世、近世の土器(破片など)も見ることができる。誰でも参加可能。無料。申し込みなどはなく、長靴を準備して敷地東側入口付近(旧市民会館側)へ集合する。駐車場がないため、徒歩や自転車での来場を呼び掛けている。
 問い合わせは、新宮市教育委員会文化振興課(電話0735・23・3333)。なお、雨天の場合は中止。

2・発掘された路面部分と側溝部分

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