林業復活へブランド力強化

 当地方の歴史を振り返るとき、いたるところで第一次産業の隆盛を見ることになる。今回はこのうちの林業に焦点を当てる。北山村から筏(いかだ)で熊野川の流れに任せて木材を運び、河口部の新宮市池田港あたりにある貯木場では、最盛期に川幅の半分近くまで広がっていたという。
 近代交通機関が導入されるまでは、重量のある木材の輸送は河川に頼ってきたためで、江戸時代には600キロにおよぶ和歌山県の海岸を、大阪と江戸とを結ぶ廻船が頻繁に航行。新宮をはじめ紀州の海岸は木材業をはじめ多くの産業を発展させる素地となった。
 明治から大正、昭和と木材需要の拡大により林業は発展。山主や製材業者は儲かる仕事として知られた。昭和30年代後半になると、好景気に伴う木材需要増を補うため、日本は北洋材、米材などの外材の輸入が再開。和歌山県内の木材需要量の内地材と外材の割合は、昭和40年では外材比率50パーセントだったが、昭和40年代後半では、和歌山県に入荷する外材は80パーセント以上となった。
 こうした外材の増加と建築様式の多様化などにより、当地方の林業・木材業を取り巻く環境は大きく変化。工場を閉める製材業者が現れるようになり、出荷しても高値が期待できないことなどを理由に、山主の生産意欲も減退していった。
 地元の業界では、公共建築物への木材の積極的な使用を働きかけたり、子どものころから木材に親しんでもらおうと木工教室を催したり、できる努力は続けているが、どれも特効薬とまではいかない。
 林業の復活に欠かせないのは、ブランド力の強化だろう。現在も外国から安い木材が輸入され、国内の木材業界の需要低迷が続いているが、吉野杉(檜)のようにブランド力で存在価値を高め、国や他府県の公共工事でも利用してもらえるようになれば、地元で低迷する需要分を少しでも補える。
 また、林業は植林から伐採まで長い年月を要するが、森林はその間、空気の浄化、国土の保全、水資源のかん養、景観の維持など、数々の公益的な機能を発揮しながら、最終的には木材生産という形で人間生活に大きく係わっている。こうした役割を広く周知し、住民の関心を誘うことも大切だ。
(平成30年6月30日付 紀南新聞掲載)
editorial-5-300x220

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

社説

  1. editorial-5-300x220

新聞広告ガイド

名刺印刷承り中

ページ上部へ戻る