苦しさ乗り越え強く
「手を差し伸べられる人に」
パラ・水泳代表の伊藤さん

photo[1] 「日本初の義手の看護師」として知られ、競泳種目で北京、ロンドンのパラリンピックに出場した伊藤真波さんの講演会がこのほど、熊野市であった。伊藤さんは「あきらめない心」をテーマに、看護師としての仕事や水泳競技のこと、家族や社会とのかかわりなどについて語った。
 伊藤さんは静岡市出身。20歳の時に交通事故に遭い大けがをしたことや、当初は腕を残そうとして回復せず、死に直面して右腕を切る決断をしたこと、両親との関係などについて語った。
 事故後、両親は「家に引きこもってもいい」と自身の人生を背負う覚悟をしてくれていたと振り返り、「私が笑わないと、両親も笑えないと気付いた」などと話した。
 水泳をしようと思ったのは、「子ども時代の習い事で一番嫌いだったから。そして、傷あと、自分の弱い部分をさらけ出そうと決めた」と述べ、嫌いなことから逃げないと決断したことで強くなれたと、当時の気持ちを語った。
 3本の義手を聴衆に示し、1本目の形だけの動かない義手が外の世界に出る勇気をくれたと話したほか、看護師の仕事をする時の義手は「細かな仕事ができる。針も落とさない。看護師用の義手は世界に例がなく、試行錯誤の上に作られたもの」などと紹介した。また、3本目の義手を使いバイオリンで中島みゆきの『糸』を演奏した。
 現在は結婚し、娘がいる。伊藤さんは「夫の支えに感謝している。一人の母親として頑張りたい。家族や地域の人に手を差し伸べられる人になりたい」とあらためて決意を述べた。

photo[2]

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