災害に強いまちづくり
さまざまな目線で方法を模索

photo 南海トラフ地震や津波から命を守るための知識を身につける「防災フォーラムinきほう」が2日、紀宝町生涯学習センターまなびの郷であった。2つのテーマを掲げた講演とパネルディスカッション(意見交換会)を実施。来場した約150人が防災・減災への思いを新たにし、災害に強いまちづくりへの意識を強めた。
 フォーラムでは、内閣府本府政策参与の横田崇さんが「南海トラフの地震・津波を迎え撃つために」、宮城県岩沼市消防団の大村昇団長が「2011年3月11日 東日本大震災~あの日何が起こったのか~」―と題して講演。その後、「巨大地震・津波から身を守る!」をテーマにしたパネルディスカッションが行われた。
 横田さんは、東日本大震災では津波、阪神・淡路大震災では建物倒壊による圧死、関東大震災では火災と、それぞれ最も多かった人的被害の要因が異なっていることを紹介。南海トラフ巨大地震では、揺れとほぼ同時に津波がやってくると想定されており、特に津波による被害が懸念される。横田さんは「早期避難が命を守る最も良い方法」と力説した。
 防災・減災対策の柱として、横田さんはBCP(事業継続計画)と、その家庭版であるLCPを紹介、「事前の備えと避難生活を想定した訓練が必要」と強調し、「備えあれば憂いなし」と締めくくった。

被災地の様子

 岩沼市では東日本大震災で死者181人、行方不明者1人がいたほか、建物やライフラインの寸断などの被害があった。同市消防団でも、団員6人、消防協力者2人が殉職した。
 当時、消防団の副団長だった大村さんは、東日本大震災発災時の消防団活動の様子を振り返り、「たくさんの人から『助けてくれ』という声をかけられたが、何もできなかった」と語った。自身の家族も津波に流されたが、間一髪の所で救助されたという。
 「死者の多くは、すぐに避難するよう声をかけたが、『大丈夫だ』と言って聞いてもらえなかった人たち」「堤防があるからと安心して逃げなかった人も命を落とした」と述べ、少しの油断が命を落とした要因となったと述べた。一方、日ごろから自主的に訓練していた人が助かったという例も紹介した。
 大地震を経験して得た反省点として、大村さんは▽想定外以上を想定した訓練を行う▽携帯電話を過信せず、デジタル無線を配備して情報伝達の手段を確保する―などを挙げ、「大地震は明日来るという気持ちで対策に取り組んで」と呼び掛けた。

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